・・・今、この男は何と言った?
ルルーシュは目を見開き、目の前に座る男を見た。
幼いころ幾度もチェスを挑んで来ては、年の離れた異母弟に負け、悔し涙を流していた異母兄。エリア11の総督に就任後、連日くだらない理由をつけてはパーティーを開催し、社交界で名をはせてはいるが、軍事・政治共に才能はなく、あるのは総督には不要な芸術面の才能だけ。有能か無能かと問われれば、上に立つ人間としては無能と言わざるを得ない。
エリア11の復興が進まないのも、テロが横行しているのもトップが無能だから。
毒ガスと呼ばれた彼女を取り戻すために、大がかりなせん滅作戦をとったのも無能故。少しでも頭が回る人物なら、秘密裏に回収する手を打つし、そもそも毒ガスが奪われた事さえ表には出さなかっただろう。
そんな無能な男が、今、何と言った?
「ルルーシュ、答えなさい。・・・いや、それよりも・・・よく、よく生きていてくれた。私は・・・私はお前とナナリーの無念を晴らそうと・・・っ!お前たちを取り戻そうと・・・っう・・・ううう・・・よく、よく生きて・・・」
今にも泣き出しそうな表情で、それでも兄の威厳を保ちたかったのか、平静を装いながらも言葉を続け用としたが、そこまでだった。クロヴィスは話しながらぼろぼろと大粒の涙を流し、しゃくりあげだした。そして、感極まったのか勢いよく立ちあがり、茫然としていたルルーシュを力いっぱい抱きしめた。
「ああ、こんなに痩せてしまって、・・ぐすっ、苦労を、しただろう・・・うう、ううううっルルーシュ、よく無事で・・・っ!!私は・・・っ!」
本格的に泣き出してしまったクロヴィスに、ルルーシュはどう対処していいか本気で困惑した。床に倒れ伏しているバトレーも、驚き目を見開いている。
何なんだこの状況は。
なぜ俺だと気がついた!?
帽子を目深にかぶっているから顔は見えていないはず。
あいつらの返礼で皇族だと気づき、見た目の年齢と黒髪から判断したのか?
たったそれだけで断言したというのか!?
この無能がか!?
・・・いやまて、それは今はいい。
問題は、何故クロヴィスがこんな風に泣いているかだ。
俺を殺そうとするのなら解るが、まるで縋るようにしがみつき、どうしてそんなに泣くんだ!?演技ではない、本当に、泣いている。生きていてよかった?無事でよかった?無念を晴らす?の話だ!?
まるで俺たちの生存を心から喜んでいるみたいじゃないか!
待て待て、落ち着け俺!!
ルルーシュは盛大に混乱し、完全に身動きが取れなくなっていた。
「ああ、こんな無粋な帽子など脱いでしまいなさい」
クロヴィスはひょいっとルルーシュの帽子を取り上げ、床に落とした。艶やかな髪がさらりと落ち、今まで隠れていた美しい紫水晶の瞳は、動揺で大きく見開かれていた。
「ああ、ルルーシュ、こんなに美しくなって。マリアンヌ様に良く似ている」
まるで蛇口が壊れた水道のように、留まる事を知らない涙を流しながら、クロヴィスはルルーシュの乱れた髪を優しく梳いた。
「・・・兄、さん・・・」
「何だい、ルルーシュ」
愛情に満ちた穏やかで優しい笑みでクロヴィスは返した。
「・・・母さん、の、事ですが・・・」
当初の目的である母の死の真相。
混乱したルルーシュの口からは、たどたどしくその言葉が紡がれた。
「ああ、マリアンヌ様の事件の事だね、少し待っていなさい。バトレー!」
クロヴィスは真剣な顔で頷くと、ハンカチで涙を拭い、威厳を込めた声でバトレーを呼んだ。バトレーは今もなお、親衛隊に抑えこまれ床に倒れていた。
「ふがふが」
口をふさがれているバトレーは、それでも返事を返した。
「例の資料は何処にある」
「ふがふが」
バトレーは場所を示す様に体をよじり視線を向けるが、あまり意味はない。
何と言うか、滑稽な状況だった。
恐らく、クロヴィスも相当混乱しているのだろう。どう考えてもバトレーを押さえつけている状況をどうにかするのが先だろうにと、ルルーシュは一歩前に出て、指示を出す。
「・・・お前たち、バトレー将軍を解放しろ」
「イエス・ユアハイネス」
きびきびとした動作で、親衛隊はバトレーを解放すると、少し離れた所で整列し、膝をついた。その様子を見ていたクロヴィスは苦笑いを浮かべた。
「まさか、私の親衛隊がルルーシュの配下になっていたとは、予想もしていなかったよ。一体いつから私の手を離れていたのやら。・・・まて、お前たち、ルルーシュの生存を知っていながら、私に隠していたという事か!」
愚か者が!!
突然激昂したクロヴィスに、ルルーシュは慌てた。
「違いますよ兄さん。彼らは兄さんの忠実な配下でした。俺に銃を向けるまでは」
「なっ、お前たち、ルルーシュに銃を向けたのか!全員処罰してくれる!!」
思考がいまだ半分以上止まっている為、正常な判断ができず、余計な事を口にしてしまったとルルーシュは苦虫をかみつぶしたような顔をした。
解らない。
クロヴィスはこんな人間だっただろうか?
ああくそ、早く戻ってこい冷静な俺!!
傍観者の俺もいい加減現実逃避は止めろ!!
とりあえずクロヴィスを止め、脱線しかけている話を戻す。
「兄さん、その話はあとで。それよりも例の資料というのは何ですか・・・ああ、いえ、その前に、ゲットーのせん滅作戦を終結し、ブリタニア人、イレブン分け隔てなく怪我人は手当てと保護をしてください」
いまだシンジュクゲットーでは戦闘が起き、多くの日本人が虐殺されている。
まずはそれを止めなければと、ルルーシュは指示を出した。
「し、しかしルルーシュ、アレは」
「急いで停戦して下さい。俺がこうして生き延びたのは、日本人が、スザクが俺たちを守ってくれたからです!あいつの国の人間をこれ以上殺すな!!」
激昂したルルーシュにクロヴィスはびくりと体をふるわせた後、「わかった、解ったから怒鳴らないでくれたまえ」と、震える声でぶんぶんと手と首を振りながら答えた。
そしてすぐに停戦命令が出され、シンジュクゲットーの銃撃戦は終結した。
死傷者に関する指示を全て終えた後、G1ベースは政庁へと戻った。